お侍様 小劇場 extra

    “秋庭迷宮” 〜寵猫抄より
 


 さすがに十月を半ばまで過ぎれば、朝晩の空気の冴えも本格的に秋めいて。どこからか香るは、キンモクセイの甘く華やかな匂いだし、玻璃越しのような高さを呈す、空の青に殊更 映えるは、梢に実った柿の明色。山野のような錦景は、なかなか見られぬ町なかなれば、そんなささやかなことででも、ふと足とめて見入るには十分な秋の訪のいで。

 「そういえば、陽射しもどこか金色なんですよね。」

 夏のそれは、強くはあるけれど物の色合いをそのまま見せていた感がありましたが。このところの陽は、黄昏どきでもないうちから、照らすものへと片っ端から金色の紗をかけているような…と。見回す周囲の秋めきの様子を語る、うら若き家人の言へ、

 「儂なぞより 余程のこと叙情的な言いようをするのだな。」

 なかなかのものぞと、目許細めて微笑って見せる勘兵衛だったりしたものだから。あわわ、とんでもありませぬと、体の前にて双手を振って見せ、竦み上がった七郎次。何せ御主はそれを生業にしている職業作家で、それは即妙で、聞いて すとんと納得のいくような、物事の輪郭やありよう表す、言葉や言い回しを一杯知っている。さして世間を知っているようにも思えぬのに、人の心の機微や綾、お見事に表現出来てしまう御仁であり。そんなお人からすりゃ、こちらは素人も同然な身。何をおなぶりあそばすかと、秘書殿が真っ赤になってしまっても無理はないというもので。

 「みゃん?」

 そんな二人のやり取りを、ゆったりした構えで座していた勘兵衛のお膝に、ちょこなんと抱えられたまま見上げていた小さな仔猫。主人とはまた別な落ち着きをたたえた、日頃のもの柔らかな態度・物腰を振り払うほど七郎次が慌てたのへと、何だ何だ?と小さな頭をふるるっと震わせ、次には かっくりこと小首を傾げて見せたので。

 「〜〜〜〜。////////」
 「…ああ、そうさな。」

 どうしたの?と会話に加わりたがっている、小さな肩をし、年端もゆかぬ可憐なおチビさんの愛らしさへと。思わず こちらさんもそのなで肩をふるると震わした、女房殿の相変わらずの反応こそ愛おしく。島田せんせい、深色の目許をやんわりとたわめると、味のある苦笑をこぼした中秋のひとときでございます。




        ◇◇◇



 ほんに随分と秋も深まって来て。いつの間にだろ、日なかであっても上着がないと少々冷えるほどともなって来た。そうともなれば、

 「〜っ、」
 「ありゃ。」

 リビングのすぐお外、家屋の周縁にセメント打って設けた“犬ばしり”の延長のようなポーチや、まだ瑞々しくはある芝の上に、そろそろ色づいたのが落ちている、枯れ葉なぞが目に着く頃合いにもなっており。さかさかと手際よくホウキを動かし、掃き除いていた七郎次の周りで、そんな枯れ葉が風に煽られ躍るのへ、赤い眸が誘われてのつい、金冠いただくふわふかな綿毛のような髪を揺すり、小さな四肢をぴょこぴょこ弾ませては、追っかけて遊んでいた小さな和子が。細っこい肩をすくませて、くちゅんと可愛らしいクシャミをした。埃がお鼻をくすぐったのか、それとも風に当たって寒かったのか。何せ坊やは見るからに薄着。つい最近、半袖半ズボンから袖や裾の長いのへと衣替えも済んでいて、一応はフリース風の質感のあるそれへと変わっていたものの。インナーを重ねているじゃなし、それがそれだけ一枚きりなもんだから。実際の体感はどんなものかが判らぬのが焦れったいと、先の冬場も案じていた七郎次にしてみれば、

 「久蔵、もしかして寒いんじゃないか?」

 ついつい身を屈めるようにして傍らまで寄ってやり、そんなことをご本人へ訊いてみる。これが普通の和子ならば、この年頃でもそりゃあ色々な衣類がある。大人顔負けにおしゃれなものも機能的なものも、着られるものならナンボでも取り揃え、片っ端から着せてやりたいところだが、

 「にゃあぁん?」

 すべらかな頬にかかってた、軽やかなまでに細い質の髪の裾。何とも無造作な所作で、手の甲こすって押しのけながら、小さなお口をぱかりと開いて、甘やかなお声が紡いだは、そちらからこそ“何のお話?”と言いたげな抑揚の…仔猫のそれだ。そちら様も丸ぁるいお団子みたいになっての屈み込んでいたところから、よいちょと立って てことことした幼い歩みを運んでくる坊や。七郎次の眸には、自分の腰までも背丈のない、小さく幼い坊やにしか見えぬのに、実はその本体、彼自身の手のひらの中にさえ収まるほどの、小さな小さなメインクーンの仔猫。眠いのねむねむと、柔らかい毛並みをまとったその身を丸めでもしたならば、女子が大活躍した球技のソフトボールより、もしかせずとも小さめの、儚いほどに軽くて小さな、可憐な存在だったりするので。その身へとまとうのも、原則としては自前の毛皮だけ。彼には鏡を通して見られるところの、キャラメル色の毛並みは確かに暖かそうだし、小さな仔猫には似合いで、且つ、快適なんだろなと思えなくもないけれど。じかに見る久蔵坊やは、5つくらいの幼い坊や。それが…いくら暖かい素材のものとはいえ、薄手のセーターもどき一枚でいるのは、何とも寒々として見えて。

 “ホント。そこんとこだけが不便だよねぇ。”

 このままお風呂というのへは、このごろ やぁっと慣れつつあるけど、クシャミが聞こえちゃあやはり落ち着けない七郎次。手早く落ち葉を集めてしまい、ポーチの片隅へホウキを立て掛けて片づけると、さてと坊やをひょいと抱え上げ、

 「もうお家へ上がろうな。」
 「みゅうい?」

 鼻先で淡い蜜色に燦くは、自分のそれにも似た金の髪。赤みの強い双眸のうるるんとした潤みといい、一丁前にも先の つんと尖った、甘い緋色の口許といい。いつまで眺めていても飽き足らないほど、可愛らしいったらありゃしなくって。小さなお手々に、寸の詰まった腕や脚のバランスもそりゃあ可憐で、こんなまで愛らしい坊やだもの、いろんなお洋服もさぞかし似合うのだろに。実際は小さな仔猫であるため、何をかぶせても細い肩には引っ掛かりもしないで、そのまま足元へすとんと落ちるばかり。せいぜいケープくらいしかまとえぬ不便さよ。羽二重餅のようにふやふかな感触のする小さなお手々が、こちらのお顔、頬や顎先へちょんちょんと触れて来たのは、もしかしてまだ遊びたいと言っているのやもしれないが、

 「今日は少し寒いからね。そうそう、ケープを出して来よっか。」

 腕へと抱えての向かい合い、甘いお声で囁きかければ。間近に寄ったお兄さんの美麗なお顔がほころんだのへと同調してか、小さな皇子が“はうぅ////”と嬉しそうに微笑ってくれたの確かめてから。沓脱ぎ石をひょいと上がり、リビングの陽だまりへと坊やを降ろして差し上げ、ここで待っててねとお隣りのお部屋へ、坊やのケープやマントを収納している引き出しタンスが一丁前にもあるところへと、足早に向かってった七郎次。その すらりとした足の運びを、小さな顎を仰のけ、大人しく見送っていた仔猫様だったのだが。

  ―― さわっ、と

 背後になった庭先に、何かが揺れた気配がして。年中を通して花や色づき楽しめるようにと、様々な種の木々が植えられてある。今だとキンモクセイの木立や萩の茂みが花の時期。サザンカにも蕾の兆しがつき始めており、つやつやな葉の重なりが秋の陽を弾く張りようの、何とも勢いがいいのが望めるのだが。

 「…にあん?」

 裾のまとまりが悪いため、どうかすると小さめの肩を覆うほど 嵩のある綿毛の髪をふるんと揺らして、小さな仔猫が肩越しに見やったお庭には。秋の陽の金色とはまた別な、チカチカ・きらりん、光の粒がふわりと躍ったように見えたので。

 「???」

 風が吹いた訳でもないのにね。
 何だろ何なに? 何か呼んだ?
 ときどきアゲハ蝶とか迷い込むけど、
 今日はそれも見てはなく。
 そういや、スズメのお声も聞こえない。
 シンと静かなはずなのに、何かの気配がするような。

 「…、っ。」

 つぶらな瞳を凝らしておれば、そんな坊やの足元間近、ころころりんと転がった影がある。確かにおもちゃ箱へとしまったはずの、赤いビニールの小さなボール。シチやシュマダが転がしてくれると、不思議と魅惑の何かが籠もるか、追っかけたくてしょうがないそれとなる真っ赤なボール。それが勝手に転がり出して、リビングの縁、開けっぱになっていた掃き出し窓の縁からころりと、お庭のほうへ落っこちた。

 「みゃあっ。」

 待て待て待って、どこゆくの?
 そっち行ったらいけないのよ?
 シチかシュマダが一緒でないと、
 およふく引っ掛けるからダメダメよって。
 駆け登りたくなる細さだけれど じちゅは折れやちゅい楓とかあるから、
 一人で行ったら あむないよって。
 シチが“めんめんめんめ”って言いながら、
 おでこグリグリのにらめっこして“いけません”てゆってたんだもの。
 だから行ったら めぇなのに。

 まだまだ緑な芝の上、ぽてんと落ちた真っ赤なボールは、仔猫の声など聞こえぬか、そのまま奥へと転がってゆく。お気に入りのボールなだけに、仔猫も視線が外せずで、あっあっと気持ちは既に引っ張られてての爪先だち。サツキの茂みの足元の隙間、スルリと入ってたの見ちゃったからには、

 「にゃあぁ〜〜〜。」

  ああもう、行ちゃあ めぇだって。

 居ても立ってもいられずとはこのことか、てとてと・とことこ、歩みを運んだ窓辺から、よいちょと飛び降りた仔猫様、そのままボールを追うことにした。

  だってすぐそこなんだもの。
  ちゅかまえるのも簡単簡単vv

 芝の空間を横切り、坊やの胸元ほどという高さの茂みへと歩み寄る。でもでも、仔猫の姿だと見上げるほどのちょっとした木立ちなせいか。ばふりと突っ込むとその身も縮み、根元足元に少しだけ空いていた隙間が、丁度いいトンネルのよう。時折髪を引っかけ引っかけ、それでも よいちょよいちょと進軍すれば、すぐにも茂みの向こうの空間が開けるはずが、

 「……みゅ?」

  あのね? ここって木蓮の樹があったはずなの。
  あっちのお国のキュウ兄が、根方から遊びに来てくりる大きな樹。
  でもでもそれが何処にもなくて、
  その代わりみたいに、ぽかりと開けた草野原が広がってるの。
  にゃ? どうして?
  さっきまでも見えてたお?

 だってほら、向こうのお部屋から見えてたもんと、肩越しに背後を振り向けば、

 「……み?」

  あれあれ? お家も見えないの。
  あんな大っきいお家なのにどして?
  木蓮、登ったら見えてたよ?
  茂みの根方にい過ぎて見えないだけなの?
  足元の草むら、ぱさんと音立てて揺れて、
  どっからかいきなり響いたのが、
  きちぃ・ちいちい…ってゆう、小鳥の鋭く鳴く声で。

 「…っ。」

 あれはヒタキか、それともメジロか。空気が澄むからか、秋にはよく聞こえる声だよねぇって、シチが あたかいお膝に抱えてくれて、そんなお話ししたのは昨日だったか。確かに右から左へと、翔ってったようなお声に聞こえたけれど、不思議なことには羽ばたきの音がしなかった。それの代わりか、ひゅぅるん、ぴゅぴゅう、風の音がして。そのすぐ後へ、がさがさ・ざわわと。茂みが身を寄せ合っての擦れ合うよな音がする。

  何で? ここ何処?
  お庭のはずが、空気が違う。

 キョロキョロとせわしげに周りを見回すと、ちょろりと赤いの、転がるのが見えて。そうだボール、赤いのボール。待って待ってと後を追えば、てんと当たって後ろへ弾かれた仔猫。草があったから痛くはなかったけど、ちゃんと前は見てたのに? 何で、何に当たったの? 何が何やら判らずに、小さな仔猫、ドキドキしてきた。お顔を上げれば石の壁。濃灰色のそれは、土台の足元にあたるらしくって。その上にあったのは、元は白木か、煤けた格子の扉がはまった、随分と古くなってる、小さな小さなお家だ。

 「…みゅん?」

 こんなのあったか? 初めて見たぞ? 小さな切り妻屋根の上、見上げたお空はずんと高くて。いつもの仔猫の大きさよりも、小さな久蔵、もっとずっと縮んだんじゃなかろうか。

  …………にゃあ

 思わずのこと、口を衝いてた小さなお声。シンと静かなのが何だか怖いの。何処にも誰もいなくなったみたいで。シチもシュマダも、林田のお兄さんも、ヒョゴ兄やキュウ兄も来てはくれない。そんなところへ迷い込んだような気がして。

  そんなのヤダヤダ

 草っ原がざわざわ揺れた。お前しか居ないよと言ってるみたいだ。小さな背中がぞわりと震えて、あ、これって知ってゆ、前にも時々、こんなしたの。シチが大変だったときとか、大っきなわんこが飛び込んで来たとき。やっぱりこんな感じがしたって、思い出せはしたのにね。けれど風の音が邪魔をする。そこからどうしたんだっけ? 何にも変わらないまんまだし、誰ぁれも来てはくれなくて。

 ―― にゃぁあん、みゃぁあん

 誰か助しゅけて。誰か来てよぉ。シチどこ? いないの? 聞こえないの? にゃぁあん、みゃぁあん、鳴いてたお声は、いつの間にやら泣いてるお声に間近くなって。ああうおおうと、もっともっと小さな仔猫が母を呼ぶよな切なるお声。みああ・にああ、怖いよう誰か来てよぉ。天を向いての座り込み、ただただひたすらに“わああう”と、引っ切りなしに鳴いておれば、


  「………久蔵? いかがした?」


 聞き覚えのある声が、あっけないほどすとんと、切迫していた仔猫のお胸へ飛び込んで来た。え? 今のなに? 綿毛をふりふりキョロキョロすれば。煤けた小さなお家の向こう、椿の茂みの居並ぶところに、小さな窓があるらしく。そこからお顔が見えてたのがね、

 《 シュマダっ!》

 何でどうして今まで気づかなかったものか。奇妙なお家のすぐ後ろには、中庭を囲うように大きくL字に曲がった母屋の奥向き、勘兵衛が仕事場にしている書斎が位置していたらしく。度のゆるい縁なしメガネをかけた、精悍で男臭いばかりな壮年殿のお顔が、案じるように見やって来たのへと、身を震わすように安堵の吐息をついた仔猫だったのだが。

  それからがまあ、
  目撃していた勘兵衛が言うには、
  しゃにむになったら仔猫の馬力も捨てたもんじゃあないということか。

 小さなお尻をあんよの間に落とし込み、へたり込むように座り込んでた小さな坊や。何が不安か まぁう・あぁうとしきりに泣きじゃくっていたものが。こちらのお顔を認めたその途端、弱音はいてたのを見られちゃったよと気まずそうに固まるか含羞むかするかと思や、何の何のそんな余裕なんてありゃしない。お膝の前へと手をついて、お尻を持ち上げ、一気に…よたたと身を起こしたそのまんま。坊やに見えるのにも関わらずの四ツん這い、何かから逃れたいと言わんばかりの必死さで駆け出して。辿り着いたる椿の木立ちを、四肢踏ん張っての駆け上がり駆け登り、大人のお顔しか出せないような小窓へと、跳躍一発、見事なダイビングを決めるまで…かかった時間は 正味1分あったかどうか。

 「…っ、キュ…っ。」

 自分へ目がけて文字通り飛んで来た小さな坊やだったのへ。双手こそさあおいでと延べてやったものの、そこは咄嗟の反応、上体のほうは わあと後ずさりしかかっていた勘兵衛。そのお顔へと…小さな四肢を突っ張って、全身使ってしがみついたメインクーンちゃんだったのを、

 『いやあ、あまりに唐突だったんで、
  びっくりし過ぎて写メを撮り損ねたのが今もって不覚。』

 書斎に一緒に居合わせたがため、この突発事へ眸を点にしていた林田くん。妙なことをば残念がって、七郎次さんを苦笑させ、島田せんせいを憮然とさせたのが、それから数日後のお話。そしてそして、


  《 あんなちみちゃい妖異の分際で、挨拶なしに居座りおって。》


 この屋敷の先住者、稲荷の祠の主からの、どうやら ちょみっと意地悪なご挨拶だったらしいこと。金髪赤眸の大邪狩り殿、黒髪のお仲間さんから真相明かされるは その夜のお話だったりし。



  さあ皆さんご一緒に、

    ―― 土地神様、何も聞かずに さっさと逃げてっ!
(苦笑)





  〜Fine〜  09.10.14.〜10.15.


  *自分(の化身の仔猫)がからかわれたことへは
   特に何とも思わぬ 邪妖狩りの久蔵さんだろうけど。
   ただ、度々のように
   七郎次さんや勘兵衛さんへ、
   邪妖がらみの奇禍の影が降ることへだけは、
   一言 物申すがしたかったかも知れなくて。

   《 お前が、役立たずな土地神か。》
   《 ひぃいぃいぃぃ〜〜〜〜。》

  畏れ多くも土地神様へ、長い刃をぎらんと首元へ差し向け、
  しっかりせぬかと脅すくらいはするかもしれない。
  兵庫さんもこればっかは止めないかもね。
(大苦笑)

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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